はじめに
2025年現在、生成AIの進化は目覚ましく、その能力は単にテキストや画像を生成するに留まらず、より複雑なタスクを自律的に「実行」する「AIエージェント」へと拡張されています。この実行能力の進化は、ビジネスの様々な領域で生産性向上や新たな価値創造の機会をもたらす一方で、サイバーセキュリティの分野においては、かつてない脅威を生み出す両刃の剣となっています。本記事では、AIエージェントの実行能力の進化とその具体的な応用、そしてそれがサイバーセキュリティにもたらす新たな脅威と、それに対抗するための防御戦略について深掘りします。
AIエージェントの実行能力の進化
従来の生成AIは、主にユーザーからの指示に基づいてコンテンツを生成する受動的な役割を担っていました。しかし、大規模言語モデル(LLM)の推論能力や計画能力が向上し、外部ツールとの連携や自律的な意思決定が可能になったことで、AIは能動的にタスクを「実行」するAIエージェントへと進化を遂げています。これにより、AIは単なる情報処理ツールから、複雑なワークフローを自動化し、現実世界に影響を与える存在へと変貌しつつあります。
OpenAIは2025年11月5日、100万を超える組織が同社の製品(ChatGPT for Workまたは開発者プラットフォーム経由)を有料で利用していると発表しました。この急速な普及の背景には、「agent workflows(エージェントワークフロー)」のような、AIが複数のステップを踏んでタスクを完了させる機能が企業に受け入れられていることがあります。例えば、ソフトバンクはOpenAIとの合弁事業を通じて、OpenAIのエンタープライズ技術を日本企業向けにローカライズ・販売しており、自社の従業員も250万を超えるカスタムChatGPTインスタンスを日常業務に活用していると報じられています。
AIの実行能力は、デジタル空間に留まりません。2025年11月5日にRobotics & Automation Newsが報じたところによると、Mimic Robotics社は、物理的なAI(physical AI)モデルを開発し、ロボットが人間のために設計された環境で自律的に動作することを可能にしています。これにより、ロボットは物体の位置や向きの変化に反応し、障害物に対応し、自らの行動を自己修正しながら、手作業を自動化できるようになります。これは、AIエージェントが物理的な世界においても、その実行能力を発揮し始めている明確な兆候と言えるでしょう。
ビジネスにおける機会:生産性向上と自動化
AIエージェントの実行能力は、企業に計り知れない機会をもたらします。多様な業務プロセスを自動化し、効率を大幅に向上させる可能性を秘めているのです。
幅広い業務への応用
生成AIは、広報、営業、商品企画といった幅広い業務に応用されています。例えば、社長の取材対応をAIでサポートする事例では、想定問答集の作成や、記者の質問に対して臨機応変な回答を生成するなど、広報業務の効率化に貢献しています。これは、AIが単なる情報提供だけでなく、状況に応じた「実行」を行うことで、人間の業務を強力に支援する好例です。
また、MarketWatchが2025年11月5日に報じた新しい研究では、AI導入に成功した企業は、従来のIT導入と比較して生産性が2~3倍向上していることが示されています。この研究は、AIによる生産性向上が「実験的かつ統合的な環境」でAIの知識が生成されることに大きく依存すると指摘しており、単なるツール導入に留まらない、AIを深く業務プロセスに組み込むアプローチの重要性を示唆しています。
これらの事例は、AIエージェントが顧客体験のパーソナライゼーションを能動的に行い、売上向上に貢献したり(参照:生成AIが拓く顧客体験:能動的パーソナライゼーションで売上を革新)、様々な業務を自動化することでDXを推進する可能性を示しています(参照:【イベント】生成AI業務自動化セミナー:2025年12月開催:実践スキル習得でDX推進)。
サイバーセキュリティにおける新たな脅威:AI駆動型マルウェア
AIエージェントが持つ自律的な実行能力は、悪用された場合、サイバーセキュリティに深刻な脅威をもたらします。特に、AI駆動型マルウェアの登場は、従来の防御策を無効化する可能性を秘めています。
Googleは2025年11月5日、マルウェアが実行時にAIを利用して変異し、データを収集していると警告しました。これは、サイバー犯罪者や国家支援型攻撃者が、長らくAIをマルウェア開発や攻撃計画、ソーシャルエンジニアリングの強化に利用してきた流れの延長線上にありますが、より深刻な段階に入ったことを示しています。
Googleの脅威分析グループ(GTIG)の研究者らが確認した事例として、PromptFluxという実験的なAI駆動型マルウェアが挙げられます。このマルウェアはVBScriptで書かれており、Google GeminiのAPIと連携して、特定のVBScriptの難読化や回避技術を要求することで、実行時に自身のコードを書き換え、新バージョンをスタートアップフォルダに保存して永続性を確立します。これにより、静的なシグネチャベースの検出を回避する可能性が高まります。
また、数ヶ月前に話題となったPromptLockランサムウェアも、AIを利用してその場でスクリプトを生成し、侵害されたシステム上で様々なアクションを実行する能力を持つ実験的な概念実証として開発されました。これらのAI駆動型マルウェアは、従来のマルウェアが持たなかった「実行時における動的な適応と自己修正」という特徴を持ち、従来の検出・防御システムを容易にすり抜ける可能性があります。
AIの進化は、サイバー攻撃の複雑性と速度を劇的に向上させ、企業の情報セキュリティ担当者にとって新たな課題を突きつけています。このような脅威に対処するためには、最新の生成AIセキュリティ対策を講じることが不可欠です(参照:生成AIセキュリティ対策セミナー:2025/1/24開催)。また、パナソニックのような先進企業がどのようにセキュアな生成AI活用を進めているかから学ぶことも重要です(参照:【イベント】セキュアな生成AI活用:2025/11/26開催:パナソニック事例)。
防御策:人間中心のアプローチとAI活用
AIエージェントの実行能力がもたらす脅威に対抗するためには、多層的な防御戦略と、AIの利点を最大限に活用するアプローチが不可欠です。
「Human-in-the-Loop」の維持
Dark Readingが2025年11月5日に公開したCISO(最高情報セキュリティ責任者)向けのフレームワークでは、AIをサイバーセキュリティに統合する際、「human-in-the-loop(人間参加型)」のアプローチを維持することの重要性が強調されています。AIが生成する結果や提案は、最終的に人間が解釈し、検証する必要があります。特に、AIの判断がセキュリティ上の重要な決定に影響を与える場合、人間の専門知識と倫理的判断が不可欠となります。
AIアライメント技術の進化は、AIの安全性を確保する上で重要な役割を果たしますが(参照:AIアライメント技術の進化と課題:生成AIの安全性をどう確保する?)、完全にAIに委ねるのではなく、人間がAIの行動を監視・制御する仕組みが求められます。また、AIの倫理とガバナンスに関する理解を深めることも、責任あるAI利用の基盤となります(参照:【イベント】生成AI倫理とガバナンス:2025/11/15開催:責任あるAI利用を学ぶ)。
防御側でのAI活用
AIは攻撃者のツールとなるだけでなく、防御側の強力な味方にもなります。脅威検出とインシデント対応(TDIR)、セキュリティ情報およびイベント管理(SIEM)、セキュリティオーケストレーション、自動化、対応(SOAR)といった既存のセキュリティ運用ツールに生成AIを導入することで、アナリストは膨大な量の知識リポジトリにアクセスし、脅威をより効率的に特定できるようになります。
AIは、ログデータやネットワークトラフィックの異常をリアルタイムで検出し、潜在的な脅威を特定するのに役立ちます。また、インシデント発生時には、AIが過去の事例や最新の脅威情報に基づいて対応策を提案し、セキュリティチームの迅速な意思決定を支援することも可能です。これにより、人間が対応に費やす時間を短縮し、より戦略的な業務に集中できるようになります。
今後の展望と課題
AIエージェントの実行能力は、今後も飛躍的に進化し続けるでしょう。これにより、ビジネスプロセスのさらなる自動化、新たなサービスの創出、そしてより複雑な問題解決が可能になります。
しかし、その一方で、技術的な課題や倫理的な問題も顕在化します。AIの判断が社会に与える影響の増大に伴い、その透明性、公平性、説明可能性がますます重要になります。また、AIの学習と実行には膨大な計算資源が必要であり、それに伴う電力消費の増加も無視できない課題です。例えば、生成AIによるデータ活用が進むことで、CPUやストレージ稼働にかかる消費電力が増加し、メインフレームのような既存システムにも影響を与えるとの指摘があります。
企業がAIの恩恵を最大限に享受し、同時にリスクを管理するためには、AI技術の動向を常に把握し、適切なガバナンス体制を構築することが不可欠です。AIを「実験的かつ統合的な環境」で活用し、その知識生成プロセスを重視するアプローチが、長期的な成功の鍵となるでしょう。
まとめ
2025年、AIエージェントの実行能力の進化は、ビジネスとサイバーセキュリティの両面で大きな変革をもたらしています。企業はAIエージェントを活用することで、生産性を飛躍的に向上させ、新たな価値を創造する機会を得ています。しかし、その一方で、AI駆動型マルウェアのような新たな脅威も生まれており、セキュリティ対策の高度化が急務となっています。
この二面性を持つAIの時代において、私たちは技術の進歩を最大限に活用しつつ、リスクを適切に管理するための戦略的なアプローチを確立しなければなりません。人間中心のアプローチを維持し、AIを防御側の強力なツールとして活用することで、AIエージェントがもたらす課題を乗り越え、より安全で効率的な未来を築くことができるでしょう。


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